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Nikon AI Nikkor 50mm F/1.8S

Nikon AI Nikkor 50mm F/1.8S

ニコンの35ミリ一眼レフ用の交換レンズシリーズ『ニッコール』。ニコンF発売以来、不変のFマウントを現代でも継承する銘レンズシリーズですが、特にオールドニッコールの外観的な特徴は何といっても『カニ爪』でしょう。この爪が付いているレンズを装着したカメラを構えているだけで「おっ、ニコンのカメラを使っているんだな」と目ざといカメラ好きに気付かれるポイントですが、意外にも爪の無いオールドニッコールが存在します。しかも、特殊系のレンズでは無く、それが普及価格帯の標準レンズとすればもっと意外と感じられる方も多いのでは無いでしょうか。今回は、そんな爪の無いオールドニッコール『AI Nikkor 50mm F/1.8S』をご紹介したいと思います。

オールドレンズ / Nikon / 標準
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スリムなデザインが特徴の標準オールドニッコール


Nikon D40 / AI Nikkor 50mm F/1.8S
出典:flickr(@ Bala Sivakumar)

Nikon D40 / AI Nikkor 50mm F/1.8S
出典:flickr(@ Bala Sivakumar)

Nikon D40 / AI Nikkor 50mm F/1.8S
出典:flickr(@ Bala Sivakumar)


ニコンのイメージ


唐突ですが、この記事をご覧の皆様は、ニコンというメーカーにどのようなイメージをお持ちでしょうか?
 
例えば…

「キヤノンと並んで、日本のカメラ産業を代表する企業」
「歴史のあるカメラメーカー」
「プロの信頼に応える製品群をラインアップしている会社」

…と、このようなイメージが多いのでは無いかと思われます。
 
事実、「日本光学」の旧社名に恥じず、創業から今日まで日本の光学産業をリードし、カメラ等の映像製品のみならず、戦間期に於ける軍艦の測距儀や、顕微鏡や双眼鏡、現代では眼鏡用のレンズ等、光学関連製品に関しては、日本有数どころか、間違いなく世界レベルの技術力を保持しているメーカーです。

無論、これら以外にもニコンが取り扱う製品群は多岐に渡り、今日ではカメラ以外の製品部門の収益がニコン本体を支えているというのが実情の様子ですが、とは言えニコンがカメラ製造から撤退とはなかなか考えられないというのは、衆目の一致する意見でしょう。
 
少し前置きが長くなってしまいましたが、そのようなカメラメーカーとしてのニコンのイメージをまとめると、「高い技術力を持つ、プロやハイアマチュアに支持され、それらの層に向けたカメラを製造するメーカー」、少し穿った表現なら「プロやハイアマチュア向けのカメラが多く、カメラ初心者やファミリー層などには若干敷居の高いメーカー」といったイメージが導かれるのでは無いでしょうか。
 
では、実際にニコンというメーカーはプロやハイアマチュアのみに目を向けたセールスを行ってきたのかと問えばそうでは無く、むしろ入門層やファミリー向け、若い世代や女性向けのセールスに数々の意欲的な機種を投入してきたのは意外に感じる方が多いのかも知れません。
 
歴史的には、NikonF2時代のニコマートに始まり、『ニコン ピカイチ』のサブネームで群雄割拠のコンパクトカメラ市場に投入されたL35AF、APS時代に真っ白なボディとコンパクトなデザインで女性ユーザー層にアピールしたニコン プロネアSなど、時代に合わせてプロやハイアマチュア層以外にも積極的にアピールを行っています。

そのようなニコンの製品群の中で、とりわけニコンのカメラ史上に於いても注目すべき入門機として、ニコンEMというオート露出専用一眼レフが存在しますが、今回ご紹介するAI Nikkor 50mm F/1.8SはそのEMの標準レンズとしてセットアップされました。


『カニ爪』のニッコールレンズ


冒頭でも述べましたが、ニッコールレンズの外見上の最大の特徴は何といっても絞り環上の通称『カニ爪』と呼ばれるボディやファインダーの内蔵露出計へ絞り値を伝達する半弧型の金具の存在です。

このカニ爪は、カメラボディやファインダー下部に設けられた連動ピンを爪で挟み込み、絞りリングの回転角度を伝達し、設定された絞り値を露出計に伝える役目を行う機構なのですが、他のメーカーにはこのような金具や同様の役割を果たす部材を絞り環上に設けているメーカーは殆ど見当たりません。

他メーカーではこの役割を、絞り環とマウント面が接触する部分に同様の役割を持つ切り欠きを設ける手法や、電気的な接点を経て、レンズとボディ間で電気信号を感知する手法により、絞り値を検知する方法が採用されています。

更に、後年になると電子接点を用い、レンズ内に組み込まれたICからレンズ情報を汲み取る方式へと進化するのですが、何故このようなスマートな手法をニコンのような技術力が高いメーカーが採用せず、ピントリングに金具を付けるような原始的とも感じるような方法を採用したのでしょうか。

これには、大きな要因としてニコンの採用するFマウントの口径と、過去のユーザーを切り捨てない(切り捨てられない)ニコン独特の事情が有りました。


あらゆる層のユーザーを切り離さなかったニコンの信念と、それを困難にしたマウント口径の問題

 
ニコンの交換レンズ、ニッコールレンズに採用されているニコンFマウントは1959年のニコンFの発売以来一貫して採用されており、60年以上経った現在でもマウント部分の規格は共通となっています。

但し、前述の通りカメラへの絞り値を伝達する方式としてニッコールオート形式からAI方式へ、更にはAI-S方式へと進化し、基本的にこれらの形式はFマウントの拡張規格と言っても差し支えないでしょう。更にミノルタα7000以降のAF一眼レフ形式に於いてもニコンはFマウントにAFカプラーを組み込むことで、互換性が維持されています。

AF機発売時点でのMFマウントにAF機構を追加する手法はペンタックスとオリンパスでも採用されましたが、ペンタックスはMF機時代にM37からM42、M42からKマウントとマウントの変更を行っており、オリンパスはAFレンズとMFボディの互換性は維持されておらず、一貫して国産一眼レフの黎明期からAF機を経て、現代のデジタル機に至るまでマウントの変更を行っていないのはニコンだけです。
 
この、マウントの変更という事業はメーカーにとって重大な決断で、マウントの変更が市場に受け入れられたのならともかく、支持されなかった場合は従来ユーザーの切り捨てとなり、これまで築き上げてきたセールスバリューを一気に失う死活問題にも繋がってしまいます。

この観点から見ると、キヤノンとミノルタはマウント切り替えに成功しましたが、オリンパスは苦戦し、その後のマイクロフォーサーズで盛り返したものの、従来のユーザーの繋ぎ止めには失敗したといえるでしょう。
 
ニコンはこのような施策を行わず、従来ユーザーを維持しつつ時代の進化に併せてFマウントを発展させてきたのですが、ニコン程の販売力や技術力を持つメーカーなら、マウント変更を行ってもひょっとするとそれまでの地位や名声を失うことにはならなかったかも知れません。現実にはニコンはFマウントの維持という方針を採用したのですが、このマウントの維持という判断でニコン自身の大きな壁となったのが、Fマウントの口径が拡張性を持たせる事が困難と思われるほどの小径だったのではと推測されます。
 
FマウントはキヤノンのEFマウントやミノルタのAマウントに比べるとパッと見るだけでもわかる程に小径で、ニコンのAF機を見ても窮屈そうにAF機構用の信号ピン等が設置されています。

単にカメラボディとレンズを繋ぎとめる金具ならばレンズ性能の妨げとならない限り小径マウントでも問題無いのですが、露出や測距が自動化されるにつれマウント周囲に拡張性が求められるのは、ある意味では当然なのかも知れません。

この拡張性を確保し、その後のレンズ設計にもゆとりを持たせる為の確実な手法が、マウント口径の大型化です。マウントを大型化する事で、レンズ設計の自由度が大きく増大し、将来の拡張性を見越しAF制御用の端子等をスッキリと納められるばかりに留まらず、マウント口径に比してレンズ本体の径を大きくすることで、レンズ自体の性能向上に繋がる光学的発展にも寄与出来る事です。
 
マウント形状を無視した例え話ですが、もしキヤノンがFDマウントのままAF化を行っていた場合、後年にキヤノンが業界を席巻するきっかけにもなったUSMモーター採用のAFレンズは、マウント径に対してレンズ本体が張り出すような形状になっていたかも知れません。

この辺りは、キヤノンの技術力を甘く見過ぎている極論でしょうが、FDマウント自体がAF化に適さないという判断と、それに伴う新たなロードマップの作成が結果的に業界最後発となったキヤノンのAF参入に時間を要した一因かとも考えられます。
 
AF一眼黎明期に於いて、ニコンのAF機はキヤノンのAF機に比べて合掌速度が遅く、魅力的な大口径レンズが用意されていないと言われた時代も有りましたが、この原因となる要因として、Fマウントの口径問題が存在したのは想像に難くありません。しかし、この時点でニコンを先見の明が無い保守的なメーカーと断じてしまうのは間違いです。その後のニコンのAF機の発展からデジタル機への移行の間に、これらの問題をクリアし続け、その結果、未だニコンがキヤノンと共に、国産デジタル機の双璧として大きく君臨している事は、記事をご覧の皆様もご存知の通りかと存じます。


ニコンの入門機向けレンズとしてのAI Nikkor 50mm F/1.8S

 
かなり寄り道をしてしまいましたが、改めてAI Nikkor 50mm F/1.8Sの解説に戻ります。

AI Nikkor 50mm F/1.8Sが登場する以前、ニコンの普及価格帯標準レンズにはAI Nikkor 50mm F/2とAI Nikkor 50mm F/1.8が存在しました。このAI Nikkor 50mm F/2とAI Nikkor 50mm F/1.8は“S”が付かないAI方式レンズという事も有り、絞り環には例のカニ爪が装着されています。

時代的にはF2フォトミックを始め、ニコマートEL等の外部ピン連動型のカメラがまだまだユーザーの手元に多く、カニ爪の存在も実用的な部品だったのですが、ニコンの一眼レフがAI方式からAI-S方式へ対応するにつれ、ニッコールレンズのエンブレム的な存在となっていました。

このような流れの中、1980年に登場したのがAI Nikkor 50mm F/1.8Sです。
 
レンズの構成としては前機種に相当するAI50/1.8と同様の光学系ですが、外見的にはスリムな鏡筒となり、全長も小型化され、カニ爪は装着されませんでした。

このAI Nikkor 50mm F/1.8とAI Nikkor 50mm F/1.8Sの関係について、無視できないのは先程述べたニコンEMの存在です。ニコンEMはAI Nikkor 50mm F/1.8Sと同じく1980年に登場しましたが、海外ではその一年前1979年に先行発売されていた模様です。ここで注目したいのは、AI Nikkor 50mm F/1.8が更にその前年の1978年に発売されており、結果的にAI Nikkor 50mm F/1.8はたった二年の短命に終わったレンズであるという点です。

これには勿論、それまでの開放F2から僅かばかりでも明るいF1.8への改良と、AI-S方式への対応という流れに沿った施策が主眼だったのかも知れませんが、それまでのAI Nikkor 50mm F/2とAI Nikkor 50mm F/1.8はいかにもニコンらしい、やや武骨なイメージを持った外観デザインのレンズでした。
 
一方、この同時期に発売されたニコンEMのデザインは、イタリアの著名なデザイナー『ジョルジェット・ジウジアーロ』氏が担当し、これまでの角張った直線基調を中心に構成されたデザインが多かったニコンの一眼レフとは一線を画したデザインとなっており、特にEMはこれまでのニコン一眼には無かった“可愛らしさ”すら感じさせるデザインとなっています。

これはあくまでも筆者の感想ですが、EMにAI Nikkor 50mm F/1.8S以外のレンズを装着した“姿”には、どことなく座りの悪い違和感を抱いてしまうのですが、不思議とAI Nikkor 50mm F/1.8Sを装着したEMの姿は、すっきりとしつつもニコン製一眼レフの末っ子といった凛々しさをも感じます。

このAI Nikkor 50mm F/1.8からAI Nikkor 50mm F/1.8Sのデザイン変更に至る経緯に於いて、ジウジアーロ氏が直接関わったという記録は見つかりませんでしたが、恐らくはAI Nikkor 50mm F/1.8Sのデザイン過程に於いて、ジウジアーロデザインのコンセプトを活かす造形を意識し、AI-S化されたのでは無いかと思います。

このように、発売から二年しか経っていないレンズを単にAI-S化するだけでは無く、外観も変更し、EMと合わせて入門機ユーザー層にアピールを行ったといった事例からも、ニコンが決してプロやハイアマチュアだけに目を向けてきたとは言えない一つの証左では無いでしょうか。
 
実際のセールスとしては大成功には至らなかったEMとAI Nikkor 50mm F/1.8Sですが、求められた役割は充分過ぎるほど果たし、近年では再評価する声も高まっています。

直接的な系譜には繋がりませんが、この流れはニコンユーザーの裾野を広げる製品群の開発に繋がり、その利益を基に、プロやハイアマチュア層も恩恵を受けているとすれば、間違いなくニコンの名機と呼べる存在がこのEMというカメラとそれにセットされたAI Nikkor 50mm F/1.8Sというレンズなのです。


中古市場


これまで取り上げてきた他社標準F1.7~F2クラスのオールドレンズに比較して、生産期間や発売本数が少ないことも有り、やや見かける事が少ないレンズの一つです。
 
少し気を付けたいのは、同名のAI Nikkor 50mm F/1.8Sでも最短撮影距離が60cmとなっているタイプが存在する点です。このレンズはニコンが海外向けに展開していたシリーズEという製品群向けのレンズがベースで、この60cm型のAI Nikkor 50mm F/1.8Sも海外販売品となっています。しかし、時代が経つにつれ様々な形で国内に流入し、海外のオークションでは特に注釈も無く出品されている点も留意しておくべきでしょう。
 
レンズの描写性能という点では旧機種のAI Nikkor 50mm F/1.8も視野に入りますが、実質生産期間が短かった為に、見かける事は少ないかと思われます。
極稀なケースとして、ニコンによる純正爪付き改造が施されたAI Nikkor 50mm F/1.8Sを目にする機会が有るかも知れません。
 
この辺りの違いを押さえつつ、専門店巡りやオークションの閲覧を行えば、まだまだ実用的な商品が手頃な価格で入手できるレンズです。


作例紹介


Nikon D40 / AI Nikkor 50mm F/1.8S
出典:flickr(@ Bala Sivakumar)

Nikon D40 / AI Nikkor 50mm F/1.8S
出典:flickr(@ Bala Sivakumar)

Nikon D40 / AI Nikkor 50mm F/1.8S
出典:flickr(@ Bala Sivakumar)

Nikon F3HP / AI Nikkor 50mm F/1.8S
出典:flickr(@ Shin Takeuchi)
F3HP(ハイアイポイントファインダー)にAI Nikkor 50mm F/1.8Sを装着、フィルムはイルフォードXP2といったいかにも80年代的な組み合わせで撮影された作例。駅のホームを捉えた一コマで画面左の自動販売機らしき機械にはJR東日本のICカードのキャラクターが描かれている為、時代的には2000年代以降と思われるが、機材の時代に引き込まれるように不思議と郷愁を感じさせてくれる一枚。現代の“カリカリ”に仕上げられたレンズと高画素デジタルカメラの組み合わせではレタッチソフトをよほど上手く使わない限り、このような“味”は出せない気がするのは、デジタル写真に慣れ過ぎたせいだろうか。


ユーザーレビュー

 
所謂、ニッコールらしい研ぎ澄まされた描写が得られる50/1.4等に比較して柔らかめの描写と捉える声が聞かれました。

これには決して描写が甘いといった意見では無いのでしょうが、フルサイズで有効画素数4000万以上のカメラが増えつつある現在では、やや線が太く感じられるのかも知れません。

これには、レンズ設計時の考え方が当時と現在では大きく異なっている点を留意すべきなのですが、むしろ子の描写を活かした撮影を目指した方がこのレンズに限らずオールドレンズの魅力を引き出すヒントにも繋がるでしょう。
 

まとめ

 
AI Nikkor 50mm F/1.8Sの解説の筈が、ニコンFマウントやニコンEMの解説になってしまった感も有りますが、このレンズの解説には避けて通れないと考え、勝手ながら記事をご覧の皆様にはお付き合いをお願いする形で進行いたしました。
 
入門機向けとの位置づけでセールスされたAI Nikkor 50mm F/1.8Sですが、決して他のニッコールと比して劣っているという訳では無く、AI Nikkor 50mm F/1.4に連なるニッコールらしい描写をしっかりと感じられるのがこのレンズの特長です。

そして、発売当初には想像もされなかったのでしょうが、AI Nikkor 50mm F/1.8S はそのスリムなデザイン故に、デジタルミラーレス機に装着した時のボディバランスが非常に高いレンズです。

コンパクトさが売りのミラーレス機にややゴテゴテとした大き目のオールドレンズを付けて機動性を損なうよりも、オールドニッコールの味わいを感じる描写を得られつつも、カメラとの一体性を損ねることの無い使用感をもたらしてくれるのは、現代ならではのこのレンズのメリットとも言えるでしょう。
基本仕様
対応マウントNikon Fマウント
フォーカスMF
レンズ構成5群6枚
絞り羽根枚数7枚
焦点距離

最短撮影距離45.0cm
最大撮影倍率0.15倍
開放F値F1.8〜22.0
画角46度
防塵-
防滴-
サイズ・重量
最大径×長さ
重量175g
フィルター径
発売日
発売日1980年01月01日